Management Columnたかが振込手数料、されど振込手数料
企業間の決済方法
アメリカン・エキスプレスの『企業間決済白書2022』には、日本企業の企業間決済の実態が報告されています。
「顧客企業に請求し支払いを受ける際の決済方法」のトップが銀行振込です。実に89.4%に上ります。複数回答のため合計は100%を越えますが、第2位の手形・小切手が30.3%、第3位の現金が23.6%なので、銀行振込が断トツであることが分かります。
「取引先へ支払いをする際の決済方法」も同様で、銀行振込は94.1%に上ります。
振込手数料はどちらが負担?
さて、銀行振込の際の手数料。代金を支払う側が負担するものなのか、それとも代金を受け取る側が負担するものなのか。
前者の場合は、支払う側の負担は「代金+手数料」であり、受け取る側は代金がそっくりもらえます。後者の場合は、支払う側の負担は代金分だけであり、受け取る側は手数料分が少ない金額をもらうことになります。
どちらが本来の支払い方でしょうか。実は、当事者間で合意がある場合とない場合とで扱いが違います。
取り決めがある場合
私人間の決め事については、「契約自由の原則」によって、公序良俗に反する内容でない限り自由に決めることができます。ただし、当事者どうしが対等平等な関係のなかで契約が結ばれることが前提です。
民法第521条
何人も、法令に特別の定めがある場合を除き、契約をするかどうかを自由に決定することができる。
2 契約の当事者は、法令の制限内において、契約の内容を自由に決定することができる。
企業間で「振込手数料は代金を支払う側の負担とする」、または「振込手数料は代金を受け取る側の負担とする」などと決めていれば、その合意によってどちらが振込手数料を負担するかが決まります。つまり、契約次第ということです。
取り決めがない場合
一方、当事者間で振込手数料をどちらが負担するかの取り決めがない場合はどうでしょうか。この場合、法律では「代金を支払う側が負担する」と決めています。
民法第484条
弁済をすべき場所について別段の意思表示がないときは、特定物の引渡しは債権発生の時にその物が存在した場所において、その他の弁済は債権者の現在の住所において、それぞれしなければならない。(後略)
民法第485条
弁済の費用について別段の意思表示がないときは、その費用は、債務者の負担とする。(後略)
これらの条文では、別段の意思表示がない場合、債務者(代金を支払う側)が債権者(代金を受け取る側)の住所(口座)に金銭等を持参する(振り込む)、そのための費用(振込手数料)については債務者が負担すると決めています。
「振込手数料を差し引く」という商慣行
とはいえ、「代金を受け取る側が負担する」という商慣行が続いてきたのも事実です。下請け業者からは「取り決めはしていないけど、元請け業者が勝手に引いてくる」という声も聴かれます。これは本来のあり方からすれば、おかしなことです。
パッとしない景気のなか、今後は、振込手数料をどちらが負担するかについて、あらためて取引先と相談をおこなう事業者が増えるのではないでしょうか。
振込手数料と下請法
なお、振込手数料を差し引いて支払う場合、下請法(下請代金支払遅延等防止法)との関係で注意が必要です。下請法は、第4条1項3号において「下請事業者の責に帰すべき理由がないのに,下請代金の額を減ずること」を禁止しています。
この「減ずること」には、「下請代金を下請事業者の金融機関口座へ振り込む際の手数料を下請事業者に負担させることを書面で合意している場合に、下請代金の額から金融機関に支払う実費を超えた額を差し引くこと」が含まれます。
書面で合意がない場合に、振込手数料を下請代金の額から差し引くことは、もちろん「下請代金の減額」に該当します。
振込手数料を下請事業者が負担する旨の書面での合意がある場合であっても、親事業者が負担した「実費」の範囲を超えた額を当該手数料として差し引いて下請代金を支払うことは、下請代金の減額にあたり、禁止されています。
実費よりも多く差し引くのはアウト
ここでいう「実費」とは、振込手数料として実際に銀行等に支払っている額のことです。
たとえば、親事業者がインターネットバンキング等を利用することによって、実際に負担する振込手数料が窓口振込のときより少なくなっているにもかかわらず、従来の窓口振込手数料相当額を差し引くことは、下請法が禁止する「下請代金の減額」にあたります。
上記のような「下請代金の減額」を行ったとして、公正取引委員会が令和2年6月に下請法違反で東京都の事業者に勧告を行い、その社名を公表したケースがあります。振込手数料を差し引く場合は、下請法にご注意を。