Management Column事業主が同一生計の親族に支払う対価について(所得税法第56条)
父親が廃業して、同居の息子であるAさんが事業(製造業)を引き継ぐことになりました。父親名義の工場や機械があり、Aさんはそれらを父親から借りて事業をスタートすることに。相場よりも若干低めの賃借料を父親に支払い、事業の必要経費にしようと考えていたのですが…。
同居の父親に支払う賃借料は必要経費にできない
結論から言えば、Aさんが考えたような単純な話にはなりません。所得税法第56条によれば、同一生計の父親に支払う賃借料は必要経費にできないのです。条文そのものは読みづらい文章なので、同条をできるだけ簡単に書き換えると以下のようになります。
- 1.事業主が同一生計の親族に対して事業に関連する対価を支払っても、事業主の必要経費にはできない。
- 2.その親族が事業主から対価をもらうのに必要な経費は、事業主の必要経費とする。
- 3.その親族が事業主からもらう対価は親族にとって収益でないとみなすし、その対価をもらうのに必要な経費も親族にとって費用でないとみなす。
つまり、Aさんの場合は以下のようになります
- 1.Aさんが同居の父親に賃借料を支払っても、それをAさんの必要経費にすることはできない。
- 2.父親が支払う工場の固定資産税や工場や機械の減価償却費は、Aさんの必要経費になる。
- 3.父親がAさんから対価をもらっても父親の収益でないとみなすし、父親が対価をもらうための経費を払っても父親の費用でないとみなす。
なんとなく違和感を覚える人もいるのではないでしょうか?
課税される「単位」は何か
明治20年に創設された所得税法は、課税の単位を「家族」においていました(同居の家族の所得はすべて「戸主」の所得に合算されていました)。それが、第二次世界大戦後のシャウプ勧告を受けて、課税の単位は基本的に「個人」におかれるようになりました(昭和25年改正)。
しかし、事業所得については、その特例として家族単位課税の考え方が残されました。所得税法第56条はその流れの延長線上にあるといえます。そのように決められた理由として、当時の個人事業は家族全体で営むのが普通であり、家族構成員に対価を支払うような慣行があるとはいえなかったこと、家族構成員への対価を必要経費として認めてしまうと、恣意的な所得分割が行われてしまうこと、家族構成員への適正な対価の認定や支払いの事実の確認が困難であることなどが挙げられています。
なお、特例である56条のさらに特例として、第57条では「青色事業専従者給与」「事業専従者控除」については、必要経費への算入を認めています。
第56条の「廃止」・「見直し」の意見書
実は、所得税法56条はその合理性について以前から疑問が投げかけられてきました。それは、制定から何十年も経過し、個人事業のあり方や家族関係が大きく変化してきたからです。また、白色申告者にも平成26年から記帳とその保管が義務づけられました。第56条が必要とされた理由そのものが、時代の変化とともに揺らいできているのです。
実際、第56条の「廃止」や「見直し」の決議・意見書を採択した自治体は、2022年9月の時点で500を越えています。いくつかの税理士会や日弁連も同様の意見書を採択しています。
それらのなかでは、「世界の主要国で、家族従業員への給与を必要経費として認めている」「白色申告者にも記帳義務が課されたのに、事業専従者控除が少額すぎて不合理である」「第56条は戦前の家制度の名残であり、日本国憲法と矛盾する」などの意見が述べられています。
このような声がさらに大きくなれば、この条文にもきっと変化が訪れることでしょう。第56条についての各地方自治体の意見書は、インターネットで検索すれば容易に確認できます。なお、国税庁の『税務大学校論叢30号』(1998年)には、研究活動としてではありますが、同条の廃止に触れた論文が掲載されています。
参照:「親族が事業から受ける対価の取扱いについての一考察」(国税庁)